これも、RentaでBL漫画を読み始めた時に、何度も何度も繰り返し読んだ作品です。
まあ、私自身基本理系で、中高時代は、こと理科に含まれることならなんでも好きだった人間です。ただ生物代わりと苦手で植物採集や昆虫採集はかなり苦労した覚えがあります。
野外実習で何故か一番気合が入ったのは、地学の岩石実習でした。石をあれこれ見分けるのはとても楽しかった。たまーに古代の化石のかけらを連想させる断面に行き当たった時は、それはもう浪漫的感情に近かったと思います。
それはともかく、この漫画の魅力はそんな静謐な興奮というものを楽しめないといまいち伝わらないかもしれない。
お話は、菌類学者室田のところへ、植物学科の大学院生、岩井新(あらた)が新しい助手としてやってくるところから始まります。
新は、室田の手伝いをするうちに、菌類の世界に惹かれ、さらに室田自身に魅了されていきます。
おかしな物言いになりますが、第三者から見て、室田が恋愛対象として特別魅力的に描かれているわけではありません。
見事なまでに微細に、そしてきらびやかなまでに書き込まれているのは、室田が新を引き込んでいく、そして室田自身が愛してやまない菌類の世界です。
こういう静かに愛情をつのらせていく物語は、いまBL漫画の中でどんどん減っている気がする。
新が、自分の思いを吐露するカットでさえ、それは妙に茫漠とした世界への憧れとDouble Focusしていく。
昔々、1980年代に、ニューアカというよくわからないブームがあり、あのときずいぶん硬めの本が紹介され、結果的に誘われるままに読みました。
浅田彰の構造と力とか、
逃走論も読んだっけ。
その少し前から、柄谷行人は大好きでずっと読んでいて、でもこの’ブーム’という文脈で、中沢新一の書物もいくつか読みました。
今となっては中沢新一が好きなのかどうかはっきりしませんが、一つだけものすごく感謝しているのは、
南方熊楠 を教えてもらったこと。
彼は、昔々博物学がカテゴリーとしてまだ存在していた頃なら、博覧強記の博物学者としか言いようのない天才でした。主に菌類の世界を対象とした自然科学者としての側面と、民俗学者としての側面がかなり混沌として彼の中では一つになっている。
私が読んだこの随筆集では、どちらかと言うと民族学者的なタイトルの付いたものがほとんどでしたが、そこは彼一筋縄では行きません。
この方は、廃仏毀釈に猛反対したことでも有名で、やはり神秘を身近に感じていたのではと思ってします。
菌類の世界を題材に使えば、私は南方のことを思い出さずにはおれない。
だから新が、室田に重ねていった世界とは、菌類の世界と重なる、
闇の向こうに広がる豊穣さそのものではなかったのか
この作品は前後編合わせて96ページの中編ですが、
曲がりなりにも肉体的なもの直接示唆するのは基本このカットだけです。
表面的に静かであればあるほど、その奥に横たわるものが底深い豊穣であるという確信。だからこそ、ほぼ何一つ顕現されないからこそ、強調される豊かさ。
その後、偶然第三者でしかなかった同級生に目撃された仲睦まじい二人の姿は、とてもつつましやかで、ほとんど一昔前の禁欲さすら感じさせます。
でも、この姿は、のぞき見た者にとって絶望的なほど完結していました。
そう、彼ら二人にとってもはや誰も大した意味をなさず、そしてそれはもうわざわざ確かめ合う必要すらない。
ともに、闇の向こうに広大に広がる菌類たちの姿を見つめながら。