これは基本BL上級者向けです。なんせノワール世界が舞台の、ぶっちゃけ娼夫と殺し屋のラブストーリーなので、彼らの生きている世界は私達のリアルとかけ離れて
暗く残酷です。
最近の青年漫画的な、血生臭さと反吐が出るような醜悪な大人たちで覆い尽くされた世界です。
BL漫画は女性が主な読者の割には、キャラクター達が男性ということもあり、ヤンデレ、ノワール系の作品では主人公が性的暴力の対象になることは決して少なくないのです。
ですから、男女の恋愛者だったらちょっと許されない状況描写が多い。
例えば、恭介は男娼であり、或夜ひどい客に行き当たって暴力の対象になったり輪姦されてしまうシーンがあります。
まあ、お話の成り行きとして、この客の酷さに気づいてしまったイトウさんが、仕事以外ではじめて殺人に手を染めることになるのでたしかに必要ではあったシーンですが。
この漫画全二巻ですが、ストーリーとしては一巻で完結しています。一巻目は娼夫恭介の視点からですので、イトウさんが恭介にそこまで惹かれる理由ははっきりしません。
ある種バランスが今一なストーリーで、ただ恭介の一途な思いだけが強く印象に残る作品でした。この作品が冥花さんのBL商業誌デビュー作だったそうです。
一巻目を私が読んだのは、2015年の10月、でも二巻目が刊行されたのはなんと2017年の暮。
この作品は、二巻目が書き加えられたことで厚みのある、複雑な構造を持った純愛Fairly Taleの傑作となったのです。
さて二巻目は、恭介にイトウさんと呼ばれるようになった殺し屋、コードネームIの視点から語られていきます。
さらに、二巻目では、一巻をあたかも進化させたようなハッピーエンドとしてこの純愛Fairy Taleを完結させたのですが、作者はその後なんと、Parallel World Vesionでこのカップルが結ばれる様子をもう一度描くのです。
そのParallel Worldでは、恭介は普通の高校生、そしてイトウさんは、伊藤先生という恭介の高校の先生。
年が離れている(伊藤先生は13歳年上当設定です。だから二人が結ばれる恭介の18歳の誕生日時点で31歳ですよね。)ことを除けば、割と普通のゲイのカップリングですが、ただこのふたりの惹かれ合いというのは
尋常ではない
この二人の恋は、運命がもたらす至上の絆、ですからたとえ違う状況に生まれていたとしても、そしてたぶん何度生まれ変わっても、必ずお互いを見出し、
結ばれる
一巻目、すべての忌まわしい出来事が過去のものとなって、恭介は昔の記憶を失ったまま、とあるカフェで働いています。そしてそこを訪れるイトウさん。
ここでは、恭介が、Iの名前を尋ねるところでFade Outしてしまいます。
さて、二巻目では、I(イトウさん)が、どのようにして殺し屋に育てられていったのか、そしてIにとって、恭介は全く関係のない人間ではなく、過去にただ一度だけ、ボスに隠れて何かを感じようとしたそのきっかけとなった存在でした。
二巻目では、イトウさんがついに恭介を連れ出すところまで話は進んでいきます。
恭介は、昔の出来事を思い出すことができない。そしてイトウさんにとって、たぶん昔の恭介が特別な存在であったらしいところまでは見当がつく。
でも、今現在すでにイトウさんに惹かれ始めている恭介は、イトウさんが知っている誰かではない自分に葛藤します。
そんな恭介にたいして、イトウさんは不思議なことをいうのです。
’僕にキスしてくれないかい、そうすればわかる’と、
とまどいながらも恭介が言葉通りにすると、
何もわからないのに、心の底から気持ちが溢れ涙が滂沱と流れるのです。このシーン一つのために、二巻全体が必要だったと言いたいぐらい、濃密な表現です。
だから、イトウさんは何のためらいもなく、もう長い間待ち続けて一言を恭介に告げるのです。
もう、中年であるイトウさんでありながら、少年のあの日告げられなかったその言葉を、初めて人間として愛を知った存在として、恭介につぶやくのです。
ノアール世界で生まれ育ち、一度はすべてを諦めた二人ですが、殺されてしまった子猫と違い、まだ幼なかった恭介は、イトウさんに
生きたいという意志を伝えました。
だからこそ、イトウさんは愛する意志を持つことができた。
やはり、愛です。
私達には愛が必要です。