2015年の2月にBL漫画を本格的に読み始めて以来、いまだ私の中のBest 3の作品に入れ替わりはありません。

一作目は、8年かけて完結した日高ショーコの’憂鬱な朝’、そして二作目が今日やっとレビューを書く宝井理人の’テンカウント’です。

 

 

これは、たった二人の小宇宙の物語でありながら、6巻の長きに渡って、二人の男の関係の変容を、様々な媚態、醜態、悲哀を交えながら、あくまで緻密にそして繊細に描いてゆきます。

 

そして’憂鬱な朝’とは対象的に、この物語は拗れ精神的外傷(トラウマ)となっていしまった過去を、現在の心象風景に透かし彫りにしてゆくのです。

大きな物語絵巻ではなく、むしろ心理小説的な世界。

 

この作品の前作に当たる’花のみぞ知る’では、むしろ植物的だった大学生二人の色合いは、至って生々しい成熟した男性二人の生理、そしてあからさまな性欲の有り様に取って代わられるのです。

 

強迫性障害の潔癖症である社長秘書の城谷が、仕事中の事故の偶然をきっかけに、心理カウンセラ=の黒崎と知り合います。

どこか謎めいた黒崎に、引きつけられるままに城谷は個人的に黒崎のカウンセリングを受けることになり、10項目のクリア目標を書かされるのです。

 

1、ドアノブに触る

2.自分の私物に他人が触る

3.本屋で本を買う

4.電車のつり革を持つ

5.飲食店で食事をする

6.素手でひとと握手をする

7.他人の私物を消毒せずに持つ

8.飲み物のまわし飲み

9.部屋に他人が入る

 

ただし、10個目の最終目標を城谷はその時点で書きませんでした。

 

 

さて、城谷という男は、同性にゲイという意味を抜きにしても好意をもたれやすい。黒崎と知り合ったことをあまり意識せずに喜んだ彼は、すぐさま自分の周りの人間にたいしても気が緩んでします。

それを目にした黒崎はいったんひくのですね。無自覚な城谷と違い、彼は自分の下心を最初から意識していましたから。この時点で、城谷はすぐさま茫然自失となります。

 

 

この時点で、城谷の周りの人間はすぐさま黒崎との関わりを嗅ぎ出し、彼に城谷を’救い’にいかせる。

 

何度も繰り返しますが、城谷のまわりの、勤め先の同僚そして上司である社長も、多分女性である私の側から見ると、なんでそこまでと思うほどの過保護ぶりなのです。

簡単に言ってしまえば、彼は仕事の能力を別にすると、まだ’保護される子供’として扱われているのです。

 

そしてそれはもちろん彼が強迫障害である潔癖症を抱えているからなのですが、逆にこの障害ゆえの城谷の’愛されやすさ’という属性でもあるのです。

 

これは、男として成熟し異性と向き合うことを拒んでいる段階にとどまることを意味します。細かくは触れませんが、そもそもの城谷のトラウマも、この属性ゆえに早熟な少女の憎悪を触発したとも言えます。

 

それはともかく、まるで駄々っ子につきあわされるかのように、この段階で黒崎は城谷の前ですでに自分の下心を告白させられるなりゆきになってしまうわけです。

 

 

そして、二人の関係は次の段階に進むのです。成熟した恋人同士なら、異性であってもゲイであっても、当然普通に欲情しあい、性行為に突入していく。

 

ここで、城谷の潔癖症は、自分を性的存在として受け入れられるかどうかと重なり合い、黒崎に欲情する自分、性的な存在、そして性行為に対する嫌悪と否定できない欲望の間で、彼を混沌にたたき込みます。

 

 

この期間の二人のダンスはギリギリです。受け入れたい、受け入れられたいと思いながらも、城谷の過去は改めて、彼の進化を妨害します。

 

黒崎を一度は拒絶する城谷、

 

 

そして、潔癖症といかたちで一度は精神的外傷を縫合した自分の’経過’を反芻する城谷。

 

 

一度は、黒崎とそのまま離れるかと思いきや、またもや偶然は、この二人を近づけます。いざ黒崎が自分の目の前にあらわれると、城谷は改めて黒崎に惹かれている自分を見出します。

彼が気持ち悪いのは、黒崎ではなく、彼自身。

彼が恐れているのは、黒崎に自分の気持ち悪さがすべてバレてしまうこと。

 

 

黒崎による、欲情、欲望、性行為の生々しい全肯定こそが、いわば城谷のほしかった言葉であったのでしょう。

 

 

好きという感情、体全体で感じる好きという感情には、キレイも汚いもない。ただあるのは目の前にいる最愛の人間と、混ざり合いたいという原初の衝動。

 

この時点で、黒崎の過去も明らかにされていきます。黒崎にとって城谷のような人間こそが、彼の唯一のフェティッシュの対象でした。

 

ここで、黒崎は城谷を救おうなどとはしない。

 

むしろ、救われたのは黒崎です。

 

 

無自覚で、弱虫の子供のように何かと言うと涙腺を緩ませる城谷。振り回されているようでいながら、黒崎を振り回し続ける城谷。

 

だからこそ、城谷がやっと正面から黒崎を受け入れる時、

黒崎は滂沱する。

 

物語の後半、彼らの関係が性的になっていく過程を、宝井さんは実に事細かく描写していくのです。

 

それは、生々しく性的なのですが、なぜかただ’エロい’と言えない今にもこわれそうな危うさがつきまとうのです。

 

黒崎が初めて自分の性器を、城谷のそれに触れされるシーンがありますが、私はここまで即物的でありながら、ここまで切ない行為の描写を思い出せない。

 

生物的ではなく、実存をかけて確かめ合うのがBL漫画の恋、なのでしょうか。

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