今日は私の誕生日、というわけで私自身の幸福の方程式について考えてみました。私のハッピーは皆美味しい思い出がらみなんです。

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人間を幸せにしてくれる何かって、それほど多くの種類はないと思います。少なくとも、不幸にする何かに比べて。

ただ、その何かは、まるで個人個人の中で培われた方程式のように、固有の形をしているようです。

そして、その式を設定するのは、やはり子供のころに’幸福’だと感じた瞬間に、ものすごく左右されている。

私の子供時代の思い出は、ほとんど幸せというものを感じられなかった。理由は簡単で、基本的に祖母に育てられた私は、いつも心の底で祖母にたいする怯えを抱え込み、だから緊張していることが常態でした。

ハッピーだと感じるためには、リラックスして、気分がほっこりとしていない状態でなくてはなりません。ですから、祖母に仕切られている状況で、私が幸せを感じられたことはなかった。だからこそ、子供時代の90%ぐらいの時間は、幸せを感じられない状態でした。

ただ、幸いなことに10%の例外はあり、その例外がたぶん今も私の基本的な幸せの方程式を作り上げているのです。

一言で言ってしまうと、私が思い出の中に見出す幸せの時間はみな、

美味しかった思い出です

ただし、すべて基本父が絡んでいた。

私が小さかったころ、私と妹二人は、祖母と共に西伊豆の海岸でかなり長く過ごすことが多かったのです。それこそ小学校の夏休みのほとんどをこうやって過ごしました。まあ、海には毎日行けました。でもそれ以外ではあまり楽しくなかった。祖母がちょっとした楽しみの種をすべてつぶしてしまうので。

もちろん、海行きは、父と母も一緒。でも二人はついた翌朝すぐ帰っていきました。が、帰りはちょっと違うのです。父が計画して、海辺の帰りに、伊豆の中央部の温泉に連れて行ってくれるのです。

湯河原温泉とか、舩原温泉とか。なかでも、いまだにありありと覚えているのが、舩原ホテル。6人家族全員で離れに泊まりました。離れなので、和室と、ツインの両方があります。私のホテル好きはこの辺がルーツ。

今振り返っても、このホテルは敷地が山の中に広がっている感じでとても素敵でした。いまNetで調べましたが、1983年末の火災がもとで廃業してます。今はまた日帰り施設になっているらしい。あ、敷地が東京ドームの1.5倍とか書いてありますね。

ともあれ、このホテルの売りの一つが、

お狩場焼き

まあ、日本風バーベキューみたいなものですが、とにかく設定が山の中に設えられた焼き物ができる炉端。素材も、山の幸が中心で、かなり野性味あふれるものが多かったのです。

そんな中で今でもはっきり思い出せるのが、

鶉の丸焼き

えーと、わー可哀そう、残酷とか言わないで―、頭が丸ごとついている代物でした。たっぷりたれがついていて、これ骨ごとぼりぼり食べられるのです。妹たちは気味悪がってましたが、私は父のマネをして手を伸ばしました。

美味しかった

あれよりおいしい鶉はいまだに食べたことないです。たいてい小ぎれいに料理冴えていて、まああれ以来食べたのはフレンチがおもだったし。父が、すごくうれしそうに私が食べるのを見ていたような気がします。

これと同じぐらい、’最高のおいしさ’として覚えているのは、

香港の屋台の汁そば

’富裕層への道’でお話したように、父はかなり珍しいタイプの、Functional recreational Gamblerでしたので、40代からの20年ほど、年4-5回は香港、そしてマカオに行ってました。私も何度もつれていってもらいましたし、いろんな高級レストランにも連れて行ってもらいました。

でも、そんな高級なレストラン以上に唯一記憶の底にしっかり染みついたおいしさが、この香港のストリートベンダーの汁そば。

またまた、食べたのは私と父だけ。水道一つない屋台でしたから、ほかの人は食べませんでした。父は熱いから大丈夫だろうと。

辛みを足しましたが、美味しかった、あれが一番おいしかった

だから、今となっても、幸せだなあーと感じるのは、家族と一緒に食事をして、私も家族もすごくおいしいと感じた時。

割と最近では、一昨年の夏、

スカイツリーのトリトンで回転寿司を娘と食べた時

娘はね、本当に静かになってしまって、もくもくと、スマホすら見向きもせずひたすら食べてました。おいしいと聞くと、そのままうなずくだけ。

あ、トリトンは回転寿司ですが、北海道直送のネタ、焼き物、そして日替わりの海鮮汁と、皆美味しいですよ。

そりゃー、高いお寿司も色々食べましたが、娘とこうやって食べたときほど、おいしくはなかった。

だって、胸の奥からほっこり幸せ感じましたから

というわけで、私の幸せ時間はやはり、おいしさを分かち合い、楽しむということが一番大事な方程式なのでした。

ところで写真は、Egg Benedict.

アメリカで学部時代に留学していたオハイオは田舎で、ろくにおいしい食べ物がなかったのです。そんななかで唯一の救いが、このブランチの定番

Egg Benedict

今も大好き、コロナになる前は、時々余裕がある日曜日に娘と一緒に、ブランチに出かけて食べました。Bobは昔は結構来たのですが、そのころ合ったレストランがしまってからは、私たちの出かける時間が早くなり家で寝てます。(今行くEgg Benedictがおいしいレストランは、朝早く行かないとすごく混むのです。)コロナが終わったら、一番最初に出かけたいレストランはここです。

さて今夜は、誕生日なので、家族の分も含めて、すぐ近くのレストランが幸いDinnerのTake Outをやっているので、朝オーダーしました。で、その話をBobにしたら、

Bobが僕が払うよと言ってくれたので、ちょっと嬉しかったです