昨日は川崎市ーBaltimore City、Sister City40周年記念のGalaに行ってきました。

汚超腐人と呼ばれたい (連載)

私が住んでいる、Baltimore City神奈川県川崎市姉妹都市です。(神奈川県とメリーランド州は姉妹県ー州)。 歴史は古く、この関係ができたのが1979年、というわけで今年はその40周年にあたり、Baltimore-Kawasaki Sister City Comitteeで、この最近は衰退気味の組織にしては珍しくそれなりのGalaが催されました。

 

Galaというのは、一派に割と派手でそれなりにVIPやセレブ中心の、Party タイプの何かしら社会的に意味のあること絡みのEventという感じでしょうか。まあ、社交界のメインイベントと言う感じですよね。

 

ただ、あいにく台風19号の被害で川崎市は今最悪の状態。市長さんはドタキャンを余儀なくされました。

 

それでも、日本人のVIPは、大使館から2人、川崎市からは、No2である川崎市議会議長を含む6名ほどが参加してくださったので、Galaそのものはキャンセルされることなくそれなりに盛大に催されました。

 

場所は、Baltimore のInner haborを見下ろす地上16階Center ClubというMember’s club内のParty会場。BKSCのExecutiveのひとりがメンバーなので、ホテルなどより安く借りることができ、しかもケイタリングの内容などはずっと良かったです。

 

川崎市長のドタキャンは完全に不可抗力でしたが、実はBaltimore Cityの市長さんは最初来ないようなことを言っていたのです。

 

が、その後どうやらいろいろと再度交渉したらしく、現市長も登場。さらに市議会議長さんも参加。(ちなみに、市長さんは、選挙で選ばれた本来の人が汚職で追い出され、トコロテンでこの地位に収まった人。祝辞も中身がなかった。ただ、市議会議長さんは、若く多分どの歴代の市長さんよりも優秀で情熱的なのではないかと思う。祝辞も’違いこそがPower’というはっきりしたPointのある、熱っぽいものでした。)

 

ともあれ、私がBaltimoreに住み始めたのが1999年ですから、私の方は20年になるのですね。

 

***

 

さて、私が、今回のGalaについて’それなりに’という表現を使ったのは、20年前と今の差をつくづく感じるから。

 

20年前、日本は相変わらずバブルから立ち直っていたわけではなかったけど、一方でまだアメリカに次ぐ第二の経済大国でした。

 

が、今はとうに中国にその地位を抜かれています。

 

例えば20年前そして多分10年ぐらい前までは、Baltimoreって、公立高校で日本語を外国語の一つとして取ることができたのですね。

そしてそのころは、年に数人高校生の交換留学なんてプログラムも川崎とBaltimore にありました。さらに、高校の先生を日本に送るプログラムまであった。

 

でも、今やBaltimoreの高校で取ることのできる外国語は、スペイン語、フランス語、そしてなんと中国語です。つまり、中国の経済力の浸透が進んでいるのです。人口として多いのはむしろ韓国系なのですがね。中国は国策として親中派を増やすべくお金と人をばらまいてきましたから。

 

一方、現在のメリーランド州知事さんの奥さんは、なんと韓国系のアメリカ人です。まあ、韓国社会というのは、アメリカに来てまでかなり排他的なので、この知事さんが韓国に訪問してむしろ歓迎されなかったという話が少し前に話題になりましたが。その途中によった日本では、逆に結構歓迎されたそうです。

 

実は、メリーランド州の姉妹都市プログラムのDirectorをやっている人が、私の友人なのですが、彼女は大の日本通であり、日本びいきなのですね。彼女は、最初Baltimore 市長がGalaをスキップするかもしれないという話をきいてすごく怒ってました。彼女はまだ中国や韓国の国としての位置は、かなり変動可能な一時的なものだと思ってます。

 

そして、こんな彼女と知り合ったきっかけは、多分Baltimore,そしてメリーランドと神奈川、川崎の戦後の深いつながりの礎になった方の存在があります。

 

彼の名前は Dr. Hiroshi Nakazawa.  もともとはBaltimore 近郊の大病院の外科医だったのですが、そこを退職後鍼灸を、中国のオリジナル、日本の応用、そしてアメリカ西海岸のUCLAでのMedical版をすべて学んで、いまだ小さな鍼灸の総合クリニックを開業していらっしゃいます。

もう、90歳近い方です。

 

数年前に、長年の功労により旭日章を叙勲されてもいます。その時はワシントンの日本大使館でレセプションがあり、私も参加させていただきました。(食べ物があまりに今一だったのでショックを受けましたが。大使館てこの程度なのですかね。)

 

そもそも、彼が千葉大医学部を卒業後、アメリカの招きでBaltimoreに来て、その時に1971年から1987年まで、Baltimoreの市長だった、Schaeferさんと仲良くなって、そもそもBaltimore – Kawasakiのプログラムが発足されたわけです。この後Schaeferさんは、メリーランド知事になり、多分彼の影響が強かった頃までは、日本との関係も強かったのでしょうね。

 

Galaは、正直結構退屈でした。(あ、私は義理でBKSCの準会員になっているので、チケット$100でさすが買いました。個人的には、こういう集まりが元来性に合わないたちなのですがね。)ただ、一番のハイライトは日本人のオリジナル・メンバーと、このプログラムを通じて日本と深いつながりのできたアメリカ人のVideo Interviewを構成したものでした。

 

日本人側はすべて70歳以上、ほとんど80歳以上。やはり年齢の重みってあるのです。

 

1979年は、まだ日本も日本の文化も特に東海岸の小都市では、馴染みがない時代。それから日本経済の勃興とともに、それなりに日本の知名度があがって、それとともに日本は勝ってお金持ちで、ずいぶんといろいろなプログラムのための予算があった。

 

で、いまはまた中国や韓国の影に押しやられている。

 

ただ、Baltimoreでは、1999年から2016年まで、東海岸最大、そして全米第二位の規模の、Otakon(日本のアニメを中心とする大きなコンです。)が開催されていたのです。

 

ですから、それ以前とは違った形で、日本の文化そのものに興味を持つ人達は特に若い世代に増えているのです。(最初は、アニメや漫画でも、そういうものにハマることによって日本の文化背景そのものに興味を持っていくアメリカ人オタクは本当に多いのですよ。)

 

 

私なんかは、BKSCの趣旨そのものには賛成なのですが、旧態依然としたいかにも昔からのNPOてきな組織や進行に正直ついていけない。

 

でも、私は私なりに何かをしたい。

 

実は、Galaで臨席した女性が、UMBC(University of Maryland, Baltimore County)の日本語の講師を少しやってらして、つい私のオタクMeet Upの話をしたら、逆にワークショップのようなものをやってくれるかと聞かれました。

 

何でも、生徒さんや同僚の中にやはり日本のサブカルに興味のある方が多いのだそうです。こういう人たちとまた知りあって、また何かが始まるといいです。

 

そうそう、メニューのなかにさすがMaryland, 名物のクラブケーキ(メリーランド名産の蟹肉でつくった一品。蟹だけで衣もなしのカニコロッケを想像してください。美味しいですよ。)とても美味しかったです。あと野菜の付け合せがとても美味しかった。これまずい時はまずいので関心。

 

というわけで、最後についデザートをいただいて、今朝は少し血糖値が高いのですが良かったことにします。

 

 

 

 

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