今日で帰国して三日目、昨日一昨日と午後は完全に動けずとぎれとぎれに、でも長時間昼寝。そして、今朝も、その前日もだいたい朝というか夜中の3時半ごろから起きてしまっています。
それでも、今日はまず土曜日の朝のルーチン散歩に出かけたので娘は大喜び。さすが若い子って回復早いですね。
さて、このあと実は、今週の月曜日に思いがけなく亡くなってしまったクライアントさんのお葬式に伺いました。
アメリカのお葬式はあまりしめやかではありません。たいていはFuneral Homeといわれる葬儀所で行います。
こういう場所にはほぼ必ずチャペルがあり、そちらに牧師さんや神父さん(同じキリスト教でも新教徒とカソリックは違いがあります。)を読んで式をします。
今日は、神父さんの話に引き続いて、旦那さんと友人の弔辞がありました。でも日本のお葬式に比べると基本明るく、ジョークも飛ぶのです。ですから時々笑いさえ起きる。私はただでさえ時差ボケがひどいし、だいたいこれだけ長い間英語なれしていても、うちわのジョークほど分かりづらいものはなく、結果的に笑えません。
でも、キリスト教的には、
’She went to the better place.’
となるので、こんな感じになるのです。それでも残されたものはやはり喪失感に向き合うのですから、逆につらそうなんて思いもします。
やっと式が終わって、きれいなおかんの中でなるべく生前を彷彿とさせるべくしつらえられたご遺体にFarewellをしました。私は涙もろいのでしっかり泣きました。
正直、現在の技術ですと本当に眠っているだけのようでかなり不思議な感じでした。
私はここで一度お別れをして、まずは娘をランチに連れていき、その後大きめの花屋を探して’メモリアルフラワー’と呼ばれる献花を買いに行ったのです。こちらは香典とかまったくないのです。でも、何かしらお悔やみをきちっとしたかったので。こちらが私が見つけたもの。割と気に入りました。このお花屋さん覚えておきます。
その後、日本で言うところのお清めのレセプションがある私自身通いなれたクライアントさんのご自宅に伺いました。
日本の感覚からすると、本当に広々としていて、敷地も数エーカーあります。(1エーカーは、1200坪ちょっとあります。)このおうちの場合、母屋のBackyardがきれいなコートヤードになっており、そこに屋外グリルそして、いくつかの屋外テーブルセットが設えられています。
ケータリングの内容は、いかにもアメリカのPartyという感じで、ちょっとこれがお葬式の跡とは信じられないぐらいにぎやかでした。
私は、旦那さんにお花を私、娘にお菓子類をもらい(カップケーキが彼女にはヒジョーに魅力的だったみたい。アメリカ式のとても甘いケーキ類がたくさんありましたっけ。)その後クライアントさんの弟さんとちょっと話をしました。
実は、彼らの甥っ子さんとと姪っ子さん絡みの話で、亡くなったクライアントさんに託されていることがありますので。
旦那さんには、あんた営業でもしていけよなんて言われましたが、私はとてもそんなエネルギーはなく、あともうひとりクライアントさんの元同僚の方とちょっとおしゃべりしただけで、早々に引き上げました。
ぶっちゃけ、誰かが亡くなると私の仕事がどっとでます。かんたんな話、税金対策も絡んで動かせなかったお金を、整理しそして新たな行く先を選んで設定したりするので。
このクライアントさんの場合、流動資産の多くは、予め死後の受益者が設定されておりますので、相続の執行を待たずにさっさと動かせるものが多いのです。その中には旦那さんが細かく把握していない資産や、なにより保険がありますのでそのお話と手続のお手伝いを来週、落ち着き次第始めることになります。
もちろん、仕事として旦那様を私のクライアントとしてキープすることが、一番大事です。
でも、それ以上に大事なのは、
故人の遺志を全うすることなのです。
基本、Estate Planningは、いかにも欧米人らしい
’墓場からのコントロール’なのです。
そこは、自分が死んだらそれで終わりという発送の、日本人とはかなり違います。
私自身は、コントロールと言うニュアンスではなくとも、私の死後いかに娘を守るかそれだけはいつも考えています。
だから、変な話ですが子供がいながらきちんとした保険に入らない人は好きになれません。アメリカには、本当に様々な保険が特に若い健康な人なら至極やすく加入できますから。要は、自分が死んだ場合のコトを考えることができない未熟なひと、これが私の見方です。
やっと帰宅したときにはかなりヘトヘトでしたが、今日やるべきことを達成した感があってすこしほっとしました。
Kさん、ご冥福をおいのりします。