令和は、幸せな時間を増やしたいといいました。でも、考えてみるとブログのポストってなんだかすごく上昇志向が当たり前になってませんか?
私はそこから少し逃げ出したい。
というわけで新しい連載始めます。
テーマは、
お金をかけずに気分良く過ごせる方法を拾っていくこと。
ただ、女性雑誌の’ご褒美’的な、いわばオトクなレクリエーション探しにならないようにしたいのです。これ微妙なところですが。
強いて言えば、これもMindfulnessてきあり方の一種ということになります。だから生き方の行動パターンを少し変えることによって、心のありようをもっと開かれた方に向けていく。まあ、こういう抽象的な説明ではなかなか伝わらないからこその、具体的方法についての連載ということになります。
さて、第一回ですが。とにかく、
歩きましょう。
アメリカの、それもサバーブに住んでいた頃、何がいやってどこへ行くのも車という掟でした。ああいうサバーブって、本当に歩けないのです。
別に歩道がないわけではないのですが、屋外なのに何一つ街や自然を感じられるものがなくて寒々としている。
こういうところに住んでいて落ち込んだりすると、車を運転してどこかに行かない限り気分転換ができないという、実は怖い状況であったりします。
で、7-8年前でしょうか、貯金がどんどん減ってきて、でも収入があまり増えていかなくて、色々と煮詰まっていた時期がありました。
そんなときに、たまたま本屋で目にしたのが’Baltimore Country Walk’という、私が住んでいるBaltimore市から、車で大体30分以内で行ける、軽いハイキングコースのガイドブックを見つけたのです。
この本のおかげで、それこそ30分どころか車でほんの10分もかからないところに、ちょっとした山歩き気分を味わえる場所があることを見つけました。
それ以外にも、メリーランド州のチェサピーク湾に面しているコースだとか、野鳥のサンクチュアリになっているところだとか、びっくりするぐらい歩けるコースがあって本当に以外でしたっけ。
私がこうやって、ほんの1-2時間のハイキングに出かける時は、必ず娘を連れていきます。少し長めのときは、お弁当を作ってピクニック気分。そこまでいかなくてもちょっとしたスナックとドリンクだけでも十分楽しい。
人間て本当に歩くようにできていると思います。
日本に定期的にもどるようになってからは、実家の周りを結構散歩します。
私の実家は江東区なので、運河が縦横に走っていて、基本それ沿いが皆とても素敵な散歩コースになってます。場所柄、ちょっと見晴らし位のいいところに出るとすぐ下町名物スカイツリーが見えるのもうれしい。
散歩とまでいかなくとも、時差で真夜中に目覚めて、すぐ近くのコンビニへでかけていくのも正直とても楽しい。娘もこれ大好きです。
振り返ってみると、私の’歩くの好き’は、
たぶん中高時代にルーツがあると思います。
下町の最寄り駅から学校がある四谷まで、通学していましたが、よくお堀沿いに四谷から飯田橋まで歩きました。
さらに、高校も後半になって、まあグレるほどではなかったのですが、四谷からなんと青山通りまで出て、渋谷まで歩くなんてことも時々やってました。
青山通りには、あのころYoursというアメリカ式のスーパーがあって、そこではあのころまだめずらしかった、アメリカスタイルのふわふわドーナツの焼き立てが食べられたのです。
そうそう、もう大昔、
初代のWalkmanが売り出されて、
はじめてからだに響く音楽を屋外で体験で来るようになったことを今でも覚えています。
生まれて初めて作ったMusic Tapeの一曲目は80年代のポップスのこの曲。
それまで、音楽を聞くと行ったら室内でしかなかったのが、耳に当てたヘッドホーンごしに、お気に入りの曲をあるきながり聞いたときの感動って本当に、
恍惚とました。
時代は移り、今はIphoneに昔と比べるとずっと音の良くなったイヤホンをつなぐだけで歩きながらの音楽が楽しめるわけですが、でも
歩きながら聞く音楽って、どうしてこう素敵なんでしょう。
そうそう、今だったらそれこそYoutubeで、信じられないぐらい懐かしい曲を発掘できてうれしい。
だからこの前、大昔の、というか最初の日本語でのロックという位置づけにある’ハッピーエンド’の’風街ロマン’を、見つけた時はすごく嬉しかった。
昭和の町というイメージがピッタリのこの曲紹介しますね。初期のハッピーエンドっていかにも東京の地元という感じですごく気に入ってました。
最後に、何もしないで歩くのはちょっとという方に一言、
Pokemon Goという手があるでしょう。
そういえば、令和は、5Gの浸透、そしてARがもっと一般化するわけですよね。未来の散歩はますます進化しそうで楽しめます。
そういえば、SAOの劇場版に’Ordinary Scale’なんてのがありました。
かの寺山修司のように、とにかく街へでてみましょう。