本来ならIから始めるべきなのですが、実はIの方は、日本に置いてきてしまいました。来年の春日本に行ったら、忘れずにレビューします。
50歳未満のSFファンで、伊藤計劃を知らない人いませんよね。で、さらに40歳以下のSFファンで、伊藤計劃の’虐殺器官’と’ハーモニー’をもし読んでいないのでしたら、貴方はご自身をSFファンと言う資格は全くありません。
(ちなみに、遺作’屍者の帝国’は、厳密には円城塔が伊藤計劃の作風をなぞって完結させた作品です。正直最初の2作に存在していた、独自の現時性と、物理的インパクトはありません。伊藤計劃を一番最初に見出したのは、実は円城塔です。この二人の作風はこれ以上違うことがありえないほどに接点がないのですが、それ故に円城塔にはわかってしまたのでしょうが。)
私はトリビュートの他にも、伊藤計劃記録I, IIもしっかり読んでいます。あ、こんな記事も書いてました。
伊藤計劃’伊藤計劃記録’II Project Ito Archives II, 私達は彼の遺産を活かせるのだろうか
さすが、ここまで伊藤計劃絡みのものを読み続けると、私なりに、私が引かれる伊藤計劃的なものがかなりはっきり見えてきます。
で、今回のトリビュートIIですが、Iと同じくSFマガジン編集長・塩澤快浩さんがまえがきを書いていますが、彼は’テクノロジーがどう人間を変えていくか’が、基本テーマであると宣言しています。さらにトリビュートIIの場合、それに加え、結果的に’異質な存在との対話ーコミュニケーション’という共通テーマが結果的に浮かび上がってきたとも。
さて、このまえがきは全く立たしいのですが表現としては伊藤計劃的なインパクトを語るのにはあまりにも、
ぬるいのです。
大体、長いあいだ日本のSFが今一あまり面白くなかった最大の理由はあの独特のぬるさ。だからSFファンであるはずの私は、コト日本の作品となると長い間’ちゃんとした日本のSF’をスキップして、伝記小説とか、時代を遡っていわゆる’新青年全盛時代’の作家やら、戦前のいわゆる大衆向け伝奇小説とか漁ってましたから。
だって、夢野久作でも、国枝史郎でもほらおどろおどろしいし。
若い時は、さすが筒井康隆はある時期まで熱心に読んでましたが、最終的に彼のミソジニーと、セクシストぶりがあまりにも鼻についてやめました。’ベトナム観光公社’あたりを頂点にどんどん本人が思っているほど本質的な剣呑さは薄くなってしまいましたから。
まあ、私がずっと感じてきた日本のSFの薄さは、たとえば村上春樹の小説でそれなりに逆に洗練され、翻訳されるようになったのでそれは輸出用としてはいいのでしょうね。
でも、私は村上春樹がどうしてもだめで、(そういえば吉本バナナもだめな私)、逆に村上龍はかなり読み込んでいます。
村上龍という作家は、決して上手でも洗練された文体を持った作家ではありません。ただいわゆるノワールものとは別のレベルで、多分日本作家で唯一暴力と戦争について書いた作家だと思ってます。
伊藤計劃が’虐殺器官’をもたらすまで、私達は世界を覆う’戦争という大量虐殺’から随分と隔離されていました。
作品としての完成度はともかく、とにかく例えばこちらの作品の戦闘シーンそして、北朝鮮が九州を占領した場合のシュミレーションだけでもとにかく読む価値があります。
後、’5分後の世界’の冒頭もすごかったです。あ、これって結構SFですよね。
(ところで、これ少年サンデーの同名漫画とは全く別のお話です。)
で、戦争でも暴力でも、私達はともすると俯瞰的なフレームワークに目を奪われがちですが、村上龍が描写する時、私の目の前に突きつけられるのは、
圧倒的な物理力で、蹂躙される肉体としての人間です。
肉体と言った場合、向精神薬そして麻薬によってのっとられてしまう私達の脳も、はっきりとした物理的肉体の一部です。
トリビュートのテーマとしての、’テクノロジーがどう人間を変えていくか’という言い方が、実際に示唆するものはだから、随分と
グロテスクで、残酷で、容赦がない
私は未だに、ジョン・ヴァーリイを読み込んでいて、さらにクローネンバーグが好きで、しかもしっかりサイバーパンクの洗礼を受けているという方に、伊藤計劃以外であったことがないのです。(あと、もちろんJ.G. バラードもしっかりかぶってますし。)
大体、テクノロジーといった場合、私達が思い浮かべるのは、最近だったらAIとか、5GとかVRとか、ARとかでしょう。
割と最初に思い浮かべることが少ないのが
Biotechです。
不思議なぐらい、日本はBiotech的進歩に対してあまり興味が向かない。なぜかそういう感覚を感じるのはなんと、少女漫画ぐらいだったりします。
これ、BL風怪奇幻想漫画ということになりますが、これとにかく臓器移植とか、内側から蝕まれていく呪いとか、絵がとてもきれいなのにものすごく気持ち悪いのです。
さらに、天使禁猟区で20世紀末にヒットした由貴香織里さんも、この手の気味の悪い話がでてくる。いや、天使の話はどんどんひどくなるから。
基本的に、女として育つということは、つねに蹂躙されかねない肉体を持っているということを意識させられるということです。
でも、テクノロジーの浸透は性別を選ばない。
小説を書いたのが癌治療を受けながらであったという現実は、この自分の身体をかってに乗っ取られる感じを、男性である伊藤計劃が日常的に感じていたのではと、女性である私は慮るのです。
相変わらず前置きが長くなりましたが、私のとって伊藤計劃トリビュートは、このテクノロジーによる蹂躙の結果何が起こるのか、そこに思いを馳せずに成立しえません。
後、コミュニケーションという第二テーマについて一言。一番重要なことは、
情報の量子性です。
つまり、脳が物理的肉体の一部であるからこそ、あらゆる情報は物理的インパクトをもたらしています。そして物理的インパクトは、逆に脳が包括する情報を変容させうる。
テクノロジーが、観念論を凌駕するから怖いのではなく、テクノロジーと観念がどちらにも落ち着かずにゆらぎえるから、気味が悪いのです。
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では、ここから一つ一つの作品のレビューーガイド。
最初に一言、アンソロジーが皆これほどエクサイティングだったらいいのにというのが私の全体評。
トリビュート 1もそうでしたが、SFとしてのアプローチが新鮮で、題材が基本的のホットで、肉感的です。もちろんレベルの差はありますが、全て楽しめました。あ、1よりワタシ的には粒ぞろいと思いました。多分同じ伊藤計劃でも、’虐殺器官’的伊藤計劃度が強かったせいかもしれません。
登場順に行きます。あ、作者の現在の年齢も入れときます。(発表時の年齢は-3です。だから一番若い著者はなんと18歳のときの作品ですね。)
草野原原 ’最初にして最後のアイドル’ 29歳
これは、このアンソロジーの中で一言で言ってしまうと、
一番変な作品です。
基本的には二人の少女の友情の物語というフレームワークを持っているのですが、とにかく一人がもうひとりの願いを助けるために初めていわばBiotech的実験が、この世界の破滅と時を同じくしてエスカレートしていきますが。とにかく感動的なまでに異形のイメージが読み手を圧倒します。
正直、結末のオチなんてどうでもいいし、割とありきたりだし。
でも、私はこういうイメージを、それなりのSF的ロジックの中で、平然と描き続ける感性にであったのは初めてだったので、とても喜んでしまいました。
’虐殺器官’の原型となる短編を初めて読んだ時、びっくりして感動したのですが、ああいう物理的描写というのは、もう40歳以上の作家にはできないのでしょうか。
そういえば、私を始めとして腐女子はBLにはまってますが、男の子たちは、単なるポルノとは違う次元でどうやら、百合(GL)にハマる人が増えているのでしょうか。
今後の研究の対象にします。
ぼくのりりっくのぼうよみ ’Guilty’ 21歳
これは、当時なんと18歳で、現役大学生のラッパーでした。
もちろん処女作で、一番短い。
一見、私の嫌いなヌルい叙情的作品と最初は思いましたが、私一番最後のさりげない一言を見落としていました。
叙情と言うには、あまりに暗い寓話です。
そういえば、’進撃の巨人’も、壁の外は確かまた別の地獄でしたよね。これって今の世界観の主流なのかしら。
この話も、壁の外と中。そして中にも外にも全く救いがない。
あ、そうか、これいわば’ハーモニー’的なのですね。で、自分だと思っていた自分は自分ではなかったかもしれないという根本的懐疑で、ダメ押しされます。
私の好みの作品ではありませんが、これ男性のほうが好きな人多いかも。
柴田勝家 ’雲南省スー族におけるVR技術の使用例’ 32歳
トリビュートの1にも登場した二人のうちのひとり。
これは、発想からして、いかにもポスト伊藤計劃的です。
よくこんな不思議な設定考えるなあと思います。
で、小説というより、文化人類学の研究発表みたいな感じで、そういうふうに読むものでいわゆる、ストーリー性はあまりない。
でも、それでもワクワクします。
個人的に、VRゴーグルを生まれてすぐつけ始めるところとか、つけるのは男だけで、女はサポート役だけど、文化的には男女ともに同じ世界観を共有してるところとか。
好きです。
後、しっかりゴーグルをつけっぱなしという物理的状態によって生じる顔面の組織変化の観察なんてのも、いかにもです。
物語要素は少ないけど、印象的な佳作ですね。
黒岩迩守’くすんだ言語’ 31歳
これは、私個人としては、このアンソロジーのなかで一番弱かったです。
実は短編としてのまとまりは、多分これが一番なのですが。
なんというか、破綻のないOVAの原作になりそうな作品です。
主人公も女子高生だし。
物語の中心となるのは、本来異なる言語間で、Communication を可能にするインターフェイス。
で、ここでブロックチェーンのアイデアを取り入れ、どちらの言語にも属さない中間言語を組み上げて行くのです。
で、異言語間での実験の前に、母国語を同じくする者同士の間で’Communication’を向上されるために試用実験をするのですが、結果悲劇が起きる。
ちょっとネタバレになりますが、割とテクノロジーぽいジャーゴンが多くてそれっぽい割に、肝心の中間言語のNegative Effectに関しては、かなり言い古された、
無意識をすべてさらると耐えられない
という、かなりのクリシェです。
これは、言語とCommunicationに焦点を合わせたお話なので、なぜ中間言語は思いがけなく不幸な結果をもたらしたのか、どこかで突っ込まないと本当に面白くないのです。
’虐殺器官’の場合、これを落とした小松左京賞の審査員は、虐殺言語の説明が弱いと割といっていたらしいですが、それとは違います。
’虐殺器官’の場合は、’虐殺言語’があってもおかしくないような現実世界と、テクノロジーの侵食や、陵辱が中心にありました。だから’虐殺言語’そのものの説明はある意味重要ではない。
でも、この話は中間言語が、人間関係を劣悪にしていくわけですから、もう少しきちんと人間間の力関係のDynamicsがどうやって使う言葉表現によって動くかつっこんでほしい。
さらに、Microexpressonといって、心理の動きがほんのちょっとした顔の筋肉やら瞬きにあらわれるか研究を進めている分野もあります。
この話は一番浅かったです。
伏見完’あるいは呼吸する墓標’ 27歳
これは好きです。
Biotechの進化で、人間の生と死の境界が拡大されている世界のお話です。
私達の死というのは、結構奇妙なプロセスです。
意識の消滅
脳の死
心臓の死
血液の腐敗の開始
組織の腐敗の開始
それが、いろいろな臓器や組織が人工のものに置き換えられ、さらにナノマシンが修復を続ける身体は、意識を保っている限り
生きているとされる世界
自分のオリジナルの臓器や組織はすでに壊死を起こしているのに、人工的に生命をつなぎとめる世界。
私はこういうSFを読みたいのです。でも、こういう話を短編ではなく長編にしてください。
Bruce Steringの’Holy Fire’を、ネガにしたような小説ともいえる。もし長編になったらあちらよりおもしろくなる。
Biotechというのは、人間の尊厳みたいなものをあっけないほど無視しますので、わたしはいろいろなExtrapolationが読みたい。
後、母親としての役目が終わったら、やはりSFを書きたいと思っているて、テーマ的にはもろこの小説的なものに一番興味がある。
後、せっかく妊娠体験もあったので一人称の妊娠や生殖の未来みたいなものをExtrapolateしてみたい。とまあ、これは脱線。
小川哲 ’ゲームの王国’ 33歳
これは、このトリビュートに掲載されているところまでは前半で、SF的な部分は含まれてません。
で、何しろ背景がポルポトが掌握しつつあるカンボジアですから、怖いです。
そういう世界で、非情にドライなタッチで淡々とかなり多い登場人物、そして主要人物の動きを追っていきますが、とても
映画的です。
なんというか、内面とか内省とか縁のない世界で、スピード感があり逆に世界の闇の深さが濃くなるのです。
とにかく小説として、またまた今までの日本人にはなかったタイプで、たぶんポスト伊藤計劃の最右翼なんて言われるのでしょう。
ただ、アマゾンの読者評は、ほぼのきなみ’前半のは面白かった、後半は突然2025年で、ゲームの話でつまらんかった’、みたいなパターンなのです。
というわけで、これはこの後最後まで読んでもう一度レビューし直します。
ただ、この現時性と、映画的場面の編集(?)具合が、’虐殺器官’を思い起こさせました。だから読んでいて一番勢いが良かったです。
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私今回ふと思ったのですが、一言で伊藤計劃ファンと言っても、’ハーモニー’と’屍者の帝国’すきだけど、’虐殺器官’はちょっとという人たちがいるらしいのです。
そもそも、’屍者の帝国’はアイデア以外、あまり伊藤計画的ではないし、円城塔が書いたものです。そして伊藤計劃が結構多量に残したエッセイ(ブログをやってた)、を読むとやはり’虐殺器官’的なものが彼のより本質に近いことがかなり見えるのです。
私はもし’ハーモニー’を先に読んでいたら、ここまで伊藤計劃にこだわらなかったと思います。まあ、所詮人それぞれの感じ方がありますので、彼がなくなってしまった以上、もはや正解はありませんが。
ただ、彼の作品を理解するにあたって、彼が好きな映画やSFに触れてみるのは悪くない方法だと思いますがどうでしょう。